「年間振り返り」という文字を書いている今の気分は、たぶん「独り悲しみに沈んで涙がこぼれる」といったところだ。ほとんど書き終えていたはずの年末総括も、マイコプラズマ感染と試験のプレッシャーのせいで危うく未完に終わるところだった。この年末総括を書き上げられただけでも、かなり大変だった。
2023年は苦しい一年だった。年初の感染の波をどうにかやり過ごし、登校して前学期に終わらなかった期末試験を受け、課題制作をこなし、自分の心理状態や精神状態を立て直し、悪くなっていく一方の世界を見つめ……そんなふうに、私は苦しみながら自分の生活を続けていた。この一年をどうにか生き延びられたのは、たぶん本当に、人間が生き続けようとする本能だけだったのだと思う。
みなさんがこの一年をどう過ごしたのか、私にはわからない。でも、生きているだけで十分だ。
学業
人生に、見事にからかわれたような気分だ。
大学に入って以来、私の学業はずっとうまくいっていない。今年も例外ではなかった。
夏休みより長い冬休みを過ごしたあと、前学期に感染対策方針の転換による混乱で延期されていた5科目の大きな期末試験が、一気に私たちにのしかかってきた。たぶん何らかの自己防衛機制のおかげで、私の精神はまだ完全には壊れていなかった。当時、ルームメイトの一人はすでにかなり危うい状態になっていて、この爆発的な試験日程がどれほどの圧力だったかがよくわかる。そしてその自己防衛機制のせいで、私は強い精神的プレッシャーの中、ひどく低い効率でしか勉強できず、結果もかなり悲惨だった。大学2年後期には状態を整え、休みながら体力を回復した。平たく言えば――授業に行かなかった。でもそれは何も勉強していなかったという意味ではない。少なくとも試験の成績は、前のひどい学期よりはずっと良かった。だが思わぬことも起きた。組み込みシステムの単位を落としたのだ。まったく理解不能だったが、聞いてみると朝8時の点呼に来なかったせいで平常点を削られたらしい。で、追試では80点を取った。私が教えた別の追試受験者は、丸暗記した定型文で100点を取った。なんとも皮肉な話だ。
大学3年前期、夏休みを経て、私は心の底から「ちゃんと」勉強しようと思った。今振り返ると、それはあまり良いことではなかった。この考えに加えて、寮の部屋がゲームの音でうるさすぎたこともあり、私はほとんど毎晩図書館へ行っていた。どうやら私は「頑張りすぎた」らしい。そのせいで、昔からの心の傷が再発した。骨身にしみるような痛み、と言っても大げさではない。あの数日、私は図書館で泣き崩れ、部屋に戻ると無理に笑顔を作っていた。そんな心の不調に、行き過ぎた「努力」が重なって、私はすっかり消耗し、もう勉強できなくなった。今になってようやくわかった。今の私の精神状態で図書館で勉強するのは、間違った選択だったのだ。
振り返ってみると、こういうやり方は、大学1年前期の未熟だった自分が高校時代の勉強法をそのまま持ち込んでいたあの学期とそっくりだ。毎晩図書館へ行くなんて、本当に苦しいわりに効率が悪すぎる。ぐるぐる回ってまた出発点に戻ってきたような感覚は、あまり気分のいいものではない。それでも当時の自分には、それが最善の選択に思えたのも事実で、同じ失敗を繰り返すべきではなかった。
どうやら私は、あまり力を入れて勉強すること自体が精神的に許されていないらしい。ある限度を超えると、何かしらの防衛機制が働いて神経を麻痺させ、それ以上無理をさせない。今のところ、この制限を破れるのかはわからない。でもこの制限が休めと知らせてくれるのだとしたら、それはそれで悪いことではないのかもしれない。とはいえ、本気で勉強したいときにこうした制限が現れるのは、やはり悲しいことでもある。私は世界でいちばん運の悪い大学生なのかもしれない――期末直前にマイコプラズマ肺炎にかかり、しかも狂ったような時間割のせいで、たった2日授業を休んだだけなのに、また以前と同じように試験勉強をする羽目になった。結局、頑張っても何も得られなかった。入学してからというもの、落とした科目も少なくない。「どれだけ努力しても成績が上がらない」という感覚を、これほど深く味わったことはなかった。もしかすると、以前の自分の愚かな願い事への報いなのかもしれない。そしてここ数年自分が受けてきた苦しみを突き詰めれば、結局のところ、それは自分が下層に属する人間であり、貧しい人間であることへの報いなのだろう。なぜ私がその代償を払わなければならないのか。もし天に意志があるのなら、訴えることはできるのだろうか。
今学期の電力網計画の課題制作については、別に書く価値があると思う。最初は完成品を買おうとしたのだが、結局はただ授業料を余計に払ったようなものになってしまった。なんとも皮肉だ。そのうちの一人は ChatGPT で適当にごまかしていたのではないかと強く疑っている。結局、私たちは他人なら1か月かかるような作業を1週間で終わらせ、締切に間に合わせるため、部屋の全員で朝5時半まで徹夜して最後の清書作業をした。40ページ以上ある課題レポートを全部手書きしたのだから、なかなか強烈だった。
健康
去年と比べて、この一年の健康状態に大きな変化はなかった。年初に COVID から回復し、年末にはマイコプラズマ感染にかかったくらいだ。それに加えて、脳神経科の病院で中等度のうつ病と強迫症と診断された。
うつはたびたび再発する。一方で、強迫症は自分にとってそれほど大きな影響はないと思っている。うつが出ているときは、酒を少し多めに飲んで、あとは休むくらいしか本当に手がない。メンタルヘルスの危機は相変わらず続いていて、この一年は心の古傷の再発が、ある時期に私の気力をすべて奪っていった。
謎の状態に陥る:
娯楽を楽しめない。音楽すら聴きたくない
勉強も進まない。そのくせ試験は次々やってくる
休息もうまく取れない。眠ることすらできない
つまり、遊ぶこともできず、勉強もできず、休むことすらできない
今回の極度の疲弊で、人の気力というものがどれほど貴重か、ようやく思い知った。自分でもわかっている。私の振る舞いは、結局のところ自暴自棄なのだ。私は社会的な支えを必要としている。そんなものを、私はこれまでほとんど持ったことがない。COVID もマイコプラズマも、私の不安とうつを悪化させた。今のこの身動きの取れなさは言葉にしがたいが、どうしようもなく、ただ耐えるしかない。空えずきも出るようになった。たぶん不安症状が強くなったのだろう。少なくとも心理士からは薬物療法を勧められている。
この一年、私はずっと自分を治そうとして、外部の支えを求め続けていた。おかしな話だ。人生がここまで人を痛めつけているのに、それでも人間の生存本能はなお、自分を引きずって生き続けさせる。これは人類全体にとっては幸運なのかもしれないが、一人ひとりの個人にとっては悲しみでもある。
読んだ本
本は変わらない。でも人は変わる。
読書とは、結局は自分自身を読むことなのだと思う。2023年、私は新しい本も読んだし、とても好きな古い本もいくつか読み返した。こうした古い本は、読むたびにまるで新刊のように感じられる。
本を1冊読むたびに、その電子版をbooks.l3zc.comにアップしている。もちろん例外もあるかもしれないが、整理してみると、この一年に読んだ文学作品は次の通りだ。
- 『豊乳肥臀』(莫言)
- 『私刑』(梁暁声)
- 『湘行散記』(沈従文)
- 『故都の秋(文集)』(郁達夫)
- 『世界から猫が消えたなら』(川村元気)
- 『失楽園』(渡辺淳一)
- 『夏と花火と私の死体』(乙一)
- 『東京夢華録』(孟元老)
- 『十錦緞』(方寸光)
- 『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(東野圭吾)
- 『放課後』(東野圭吾)
- 『吾輩は猫である』(夏目漱石)
- 『The Ferryman』(誰が書いたかはともかく)
このほかにも、思い出せる範囲のもの以外にウェブ小説やライトノベルをいくつか読んでいるが、ここには載せないことにする。
すぐにわかるのは、この一年で思い出せる12冊の文学作品の大半が東アジアのものだということだ。欧米圏の作品として唯一挙げられる『The Ferryman』についても、読後の感想は「かなり平凡」、いや「ひどい」と言ってもいいくらいだった。『遣词造句』でも書いたが、私は沈従文や郁達夫、さらには武侠ポルノ小説『十錦緞』の作者・方寸光の中国語表現力にすら強い憧れを抱いている(この作者、本当に文章力が高い)。一方で翻訳作品は、原作者・訳者・出版社のうち誰か一つでも駄目だと、読書体験は一気に悪くなる。だが東アジア文化圏の内部では文化的な共通性が高く、翻訳されても比較的自然で、親しみやすく読める。
それでも、私が求めるような文章の力という意味では、今生きている翻訳者の中で、傅雷のように二つの言語を自分の文体まで含めて融け合わせられる人はまだ見たことがない1。そうした翻訳作品も、やはり本土の文学には及ばない。だからこそ、「生まれながらの」本土文学が今なお半分近くを占めているのだろう。
私は中華民国期の作品が好きだ。文語から口語へ移る過渡期の簡潔さが好きで、あの素朴で原初的な感情が好きだ。中国で大家が出た時代は二つしかない、戦国と民国だ、とよく言われるが、あながち誇張でもない。人々があれほど悠然として素朴な調子で文章を書けたということは、少なくとも二つを意味している。政府の統制がなかったこと、そして収入が快適に暮らせる程度にはあったことだ。この二つは、1949年以降、一度として同時に満たされたことがない。滑稽なのは、今の当局がなお「旧中国」だの「極度の貧困と弱体化」だのと宣伝していることだ。実に恥知らずである。
『故都の秋』と『湘行散記』を読み終えたあとに書いた言葉
(追記予定)
行った場所
年初には長距離旅行を一度した。だいたい滬昆高速に沿って、長沙から麗江まで移動し、途中の多くの都市にも立ち寄った。この旅では虎跳峡を歩き、麗江古城にも長く滞在して、心身を少しは休めることができた。もちろん、帰り道で10時間渋滞にはまった経験は別として。
8月には武漢にも一度行った。主な目的は、中国産 Galgame の聖地巡礼だった。
正直に言えば、あまりお金のない学生として、頻繁に長距離旅行をするのは無理だ。私だって世界を見てみたい。でもお金がないし、私のパスポートも大して役に立たない。結局、夢を見るのはそのくらいにして寝るしかない。
聴いた音楽
音楽は私の生活の大切な一部だ。使っているプラットフォームのどこもまともな年間レポートを出してくれないので2、自分で年間プレイリストをまとめることにした。
この一年で「これは」と思ったアーティストは主に Camelia と TAYORI(倚水と言ったほうが通じるかもしれない)だった。前者は高速系の鬼才、後者は J-Pop。星塵3はアップデート後に本当に驚かされて、当然のように何度も繰り返し聴き、私の年間プレイリストにもその記憶が残った。
「音楽は反社交的だ」という考え方がある。私はかなりそう思っている。普通、友人同士の集まりでみんなで一緒に音楽を聴くだろうか。たぶん聴かない。仮にそういう場面があったとしても、流れるのは大抵、みんなが無難に受け入れられるポップスだ。
ポップミュージックがポップであるためには、いつだって何かしらの犠牲が必要になる。いわゆる「宝物」のような曲に比べれば、どうしてもあの独特さが薄れてしまう。
このプレイリストの一曲一曲の裏には、それぞれ何かしらの物語や体験がある。落ち込んでキャンパスを歩くときに耳元で寄り添ってくれた曲かもしれないし、ゲームを少し楽しくしてくれたBGMかもしれないし、通学や移動の時間をやわらかく埋めてくれた旋律かもしれない……ここまで書いて、なぜか言葉が詰まってしまう。うまく表現できない。でも、それらを見ると、初めて聴いたときの驚きや感動を今でも思い出せる。その物語を共有していない他の人には、きっと「平凡な曲だな」としか思えないのだろう。
私はもう、流行の音楽をあまり聴かなくなった。この一年、自分を驚かせてくれる曲は減った。2021年、2022年の年間プレイリストも自分でまとめたが、それと比べても、今年は選曲がとりわけ難しかった。実際に聴いた曲の質が下がっていたのか。それとも今年のプレッシャーがこれまで以上に大きくて、悪い記憶がたくさん残ってしまったのか。たぶん、その両方だろう。
遊んだゲーム
まずは私の Steam 年間レビュー を見てほしい。

ゲーム活動の大半は Steam 上で行っているので、このレポートはかなり参考になると思う。
2023年、私のゲーム時間の大半は「車」に関係するゲームに費やされた。Forza Horizon 4 と 5、それから Euro Truck Simulator 2。この3本で200時間ほど遊んだことになる。よく「貧乏人は車で遊び、金持ちは時計で遊ぶ」なんて言うけれど、車すら持てない貧乏学生の私は、せいぜいゲームの中で遊ぶしかない。
では、なぜ一部のゲームを Steam で遊んでいないのか。うーん、事情が複雑なのだ。この手のゲームでいちばん遊んだのは Stellaris で、見積もる限り少なくとも150時間はやっている。2番目は Minecraft だろう。でもこのゲームは一緒に遊ぶ人がいないとあまりに退屈なので、実際のプレイ時間は30時間前後だと思う。
それから、この一年に読んだビジュアルノベル/Galgameについても触れておきたい。おそらく20本ほど読んだ。『Nekopara』のような「定番」もあれば、『三色絵恋』や『恋愛綺譚』のような中国産 Galgame もあったし、『Expression Amrilato』や『夏之鎖』のような比較的ニッチな作品もあった。R18作品もあれば、大半は純粋なビジュアルノベルだった。ビジュアルノベルは、小説をより高次の形で表現したものだと思っている。優れた作品は、文学性や物語性の面で、普通の小説を完全に超えている。
この一年、ひととおりビジュアルノベルや Gal を遊び終えて、中国産 Galgame がここまでできるのかと驚かされた。
中国産 Gal は「親しみやすさ」があって、そこがとても好きだ。この題材の親しみやすさ、生活環境の親しみやすさは、他の Gal には出せない。前にも書いたように、重圧の多い環境の中でも、中国産 Gal がなお自分たちの追求を保ち、優れた作品を届けてくれているのは本当にうれしい。奇妙なことに、こんなに悪い環境でも、私たちはなおいくつかの面で成果を出している。人々はそうした成果を称え、苦難の正当性を当然のように受け入れるが、そもそも何がこんな劣悪な環境を生み出したのかを問う人はほとんどいない。
先ほど、優れた作品は文学性や物語性で普通の小説を超えると書いたが、実際に遊んだ作品の中には、社会問題に踏み込んだり、少数者の声を代弁したりするものさえあった。これは中国本土の創作環境を考えると、きわめて得難いことだ。
この一年、私はずっと原神に触れていなかった。今は戻ってメインストーリーを進めつつ、あの無茶苦茶な運営が何をやらかしていたのか見ているところだ。
交流
この一年の対人関係は、私にとって非常にひどいものだった。
今学期、私たちは部屋替えになった。もともとのルームメイトの一人は休学し、代わりにとてもうるさい新しいルームメイトが入ってきた。これもまた、私が図書館へ向かうようになった間接的な理由だった――静かな場所で、自分の問題について考える必要があったのだ。
たぶん私には、何人かの友人か、あるいは一匹の猫が必要なんだと思う。
本当に、一緒にゲームをしてくれる人がほとんどいない。だから Minecraft も当然あまりやらない。レースゲームも一緒に遊ぶ相手がいないから、一人で少し走るだけだ。FPSはもともとやらないし。
たまに部屋の何人かでバドミントンをしに行くことがあって、そういうときは比較的気分がいい。
実のところ、同じ部屋のみんなで一緒に原神をやっていた頃を少し懐かしく思う。あの時期は、みんなそれなりに楽しかった。7月の振り返りにも書いたけれど、長年の孤独のあとで、私は少しオフラインの社交を求めるようになったのだと思う。何度も引っ越してきたせいで、幼い頃からずっと一緒だった同級生もいないし、近所に住んでいて気軽に家へ遊びに行けるほど仲のいい相手もいない。ただ時間が一日一日過ぎていくのを眺め、同級生に会いに行く人たちが楽しそうに行き来するのを見ているだけだった。ふと気づく。友達がいるというのは、本当に幸せなことなのだと。そう考えると、友達がいないというのは、なんと大きな悲しみなのだろう。
2024年への願い
これは明らかに完璧な年末総括ではない。書こうとはした。でも、書き留められるのを待っている思いはいつも尽きない。そして実際に書き出した言葉は、いつも自分が本当に表現したいものと少しずれてしまう。最初は、自分の中国語の Master が足りないせいだと思っていた。でも今ではわかる。それは、自分の表現したいという欲求が長年抑え込まれてきたからなのだと。そしてその欲求を取り戻すには、結局少しずつ練習していくしかない。これは一つの修行であり、私はいつかその真意にたどり着けたらと思っている。絶対に完璧な年末総括なんてない。ただ、この年末総括を書いている自分が、自分なりの成長と幸福を見つけられればそれでいい。
2023年は、問答無用で苦しい一年だった。こんなふうに状況が悪くなっていく中では、自分自身を追い求めることなどなおさら難しい。私はよく、自分に「惨憺たる現実」と向き合えと言い聞かせている。でもこの現実は、あまりにも惨憺たるものだ。
2024年は、もっと楽しく過ごせる年になってほしい。もっと大事なのは、自分の払ったものに見合う報いが返ってくることだ。それは本来、私が受け取っていいはずのものでもある。この一年のつらさで、私はすっかり消耗してしまった。もうここで特に言いたいこともない。ただ、今年は少しでも良くなってくれればと願うばかりだ。

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